評価されない仕事が心に残る理由
気がつくと、明確に誰がやると決まっていない仕事を拾っている。
トラブルが起きる前に内々に調整し、他部署との揉めそうな話しを静かに収め、会社から指示されたわけではない業務改善を着々と進める。
いずれも会社に取って重要なことで、組織人として模範的です。
しかし、それらが日の目を見ることはなく、期末の評価ではそもそも存在すら認識されていない。
「自分は、何をやってきたんだろう」
評価されないという事実が、
いつの間にか「意味がなかったのではないか」という疑念にすり替わっていく。
しんどさの正体は、仕事量でも忙しさでもない。
評価されない仕事が、無意識のうちに“無意味”だと扱われてしまうことにあります。
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評価されない=価値がない、を切り捨てる
まず、「評価されない仕事は、価値がない」という前提は切り捨て良いものです。
これは事実ではありません。
評価と価値は、そもそも測っているものが違います。
会社の評価は、仕事の意味や社会的価値を測っているわけではないです。
評価制度が測っているのは、
その組織が“管理できる範囲”だけです。
数値化でき、責任の所在を明確にでき、説明可能な範囲だけ。
評価されない仕事は、価値がないのではなく、
評価制度の外に置かれているだけ。
ここを切り分けられないと、
評価されなかった瞬間に、自分の仕事そのものを否定することになってしまいます。
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なぜ「評価されない仕事」は存在しないことにされるのか
評価されない仕事には、共通点があります。
それは「地味だから」ではなく、
可視化すると、組織にとって困る仕事です。
たとえば、
・炎上しかけた案件を、表沙汰になる前に火消しした
・部門間の衝突を、誰にも知られずに調整した
・トラブルの芽を察知し、問題になる前に潰した
これらは成果として語られにくい。
なぜなら、語った瞬間に「問題が存在していた」ことが明らかになるからです。
多くの組織は、問題を解決することよりも、
問題が「存在しない状態」に見えることを優先します。
その結果、
・問題を起こした人は評価されないが
・問題を未然に防いだ人も評価されない
という奇妙な構造が生まれます。
さらに厄介なのは、評価を受ける側が、無意識にこう誤解してしまうことです。
評価されない = 誰の役にも立っていない
評価されない = 意味のない仕事
しかし、
組織評価は社会的価値の代替指標ではありません。
・組織評価:その会社が「今」生き延びるための基準
・仕事の意味:文脈依存で、長期的で、回収不能なことも含む
この二つを混同すると、評価が下がった瞬間に、自分の仕事人生全体が揺らいでしまいます。
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評価は“使う”が、意味は預けない
ここで、何か行動を変える必要はありません。
やることは一つだけ。
評価は使うもの。意味は預けない。
評価は、「昇進」「報酬」「配置」を決めるための「組織内ツール」です。
それ以上でもそれ以外でもなく、
自分がやってきた仕事の意味や価値まで、そこに委ねる必要はありません。
もし今、評価されない仕事を多く抱えていると感じたら、
・それを正当化しなくていい
・誇らしく思わなくていい
・やめる決断をしなくてもいい
ただ、「評価の外にある仕事をしている自分」を、責めずに眺める。
今日は結論を出さなくていい。
ただ、そういうものか、と呟いてみてください。
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おわりに
この記事は、評価されない仕事にも価値があるとか、評価を気にしなくて良いと伝えたいわけではありません。
ただ、評価という仕組みと、自分が向き合ってきた仕事の意味を、同一視しなくてよいという整理を書き留めたものです。
もしこの整理で少し楽になる方がいれば、
頭の片隅に置いておいてください。
しっくりこなければ読み捨ててください。
仕事と評価はそんな単純なものではなく、
その人や、その時々によって、納得できる整理は変わってくるものだと思います。
Photo by Vitaly Gariev (@silverkblack) on Unsplash

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