「管理職の罰ゲーム化」という言葉に、ドキッとした
最近、「管理職の罰ゲーム化」という話題をよく目にします。私の会社でも、正直そう感じることがあります。
管理職に限らず、職位が上がっても給与以上に負担感が大きくなると感じることが多く、これが本当に幸福感に繋がるのか疑問を感じる日々です。
もちろん、人生のそれなりの時間を仕事に費やすわけですから、意味があること、人の役に立つことをしたい気持ちもあります。それなりの年齢になれば、相応の役職に就いていたいという気持ちもあります。
でも一方で、「これって本当に自分の望む方向なのだろうか」とも思うのです。
「組織の問題」と整理してしまうと、自分でコントロールできない問題になってしまいます。そうではなく、現実的にかつ有効に個人が対処できる方法はないのか。そんなことを考えていたら、ChatGPTと議論してみたくなりました。
因みに私は今は管理職ではなく、数年後になる可能性があるといった状況です。
今回は3回に分けて、その対話から得られた気づきをお伝えします。
- 第1回(今回):なぜ「管理職=罰ゲーム」と感じるのか
- 第2回:「自分が壊れない」ために考えたこと
- 第3回:会社に人生を支配されないために
ChatGPTとの対話:まず「なぜそう感じるのか」を整理したかった
私の相談
「管理職の罰ゲーム化が話題になっているが、組織の問題として片付けず、現実的で有効な個人の対処法はないだろうか」
ChatGPTに相談したところ、まず「なぜそう感じるのか」を構造的に分析してくれました。
管理職が「罰ゲーム」と感じられる理由
ChatGPTが整理してくれた主な理由は以下の通りでした:
◉ 責任だけが増え、裁量が少ない
何かあれば管理職の責任。でも実際には現場や上層部の板挟みで意思決定権がない。
◉ 報酬とリスク・負担が釣り合わない
残業代がつかない。業績評価が不透明。家庭との両立が困難になる。
◉ プレイヤーとしての快感が減る
実務から離れ、人のマネジメントや調整ばかりになる。達成感が薄れる。
◉ 職場文化や人間関係の課題
若手指導やメンタルケアの負担が大きいが、評価や感謝は少ない。
このリストを見た時、「ああ、だからあの上司たちはしんどそうなのか」と妙に納得してしまいました。
重要な指摘:これは「個人の資質」ではなく「構造的な問題」
ChatGPTからの重要な指摘がありました。
「つまり、あなただけが弱いわけでも、やる気が足りないわけでもない。」
この言葉には、正直ホッとしました。「管理職になるのが怖い」「昇進に前向きになれない」と感じる自分に対して、どこか後ろめたさがあったからです。
でも確かに、これは個人の問題というより、多くの組織で共通する構造的な矛盾なのかもしれません。
私の会社で感じる「典型的なパターン」
伝統的な大企業組織で多いと思われる現象
私の会社を観察していて気づくのは、以下のような現象です:
- 意思決定は可能な限り上に上げようとする文化
- それなりの人数がいるにも関わらず、報告はトップまで上げたがる
- 一方で、実務的なミスは担当者まで責任が降りてくる
これはおそらく、伝統的な大企業組織で多いと思われる「責任は下へ、決定権は上へ」という現象なのでしょう。
管理職がこの「間」に挟まれる構造
中間管理職は、まさにこの構造の「間」に位置することになります。
- 上からは「もっとしっかり管理しろ」と言われる
- 下からは「もっと現場の声を聞いてほしい」と言われる
- でも、実際に変えられることは限られている
そりゃあ「罰ゲーム」と感じる人が出てくるのも当然だなと思いました。
私の場合:なぜ特に不安を感じるのか
ChatGPTとの対話で、自分の特性についても整理してもらいました。
私の特性と管理職の相性
私の特性:
- 精神的なプレッシャーにあまり強くない(ストレスが幸福感を奪うタイプ)
- コントロール感のある働き方を好む
- メリハリの効いた働き方、家族との時間を大切にしたい
- 意味ある仕事・影響ある仕事がモチベーションの源泉
管理職の現実:
- プレッシャーは確実に増加する
- コントロール感は逆に減る可能性が高い
- 時間的な制約も増える
- 調整業務が増えて、直接的な「意味」を感じにくくなる
この対比を見ると、確かに相性が良いとは言えません。でも、だからといって「管理職になるべきではない」という結論で良いのでしょうか。
もう一つの現実:30代以降の「辞めにくさ」
対話の中で思い出したのは、30代の今より、今後は一層辞めにくい(転職もしにくい)感覚が、自分を追い込むのではないかということです。
これが結構なストレス要因になりそうです。
- キャリアの軌道修正は今しかできないかもしれない焦り
- 家庭・教育・老後など将来への不安
- 「会社での評価 → 自分の人生全体への影響」の比重の増加
こうした現実を考えると、管理職の話は「やりたい・やりたくない」だけでは判断できない複雑さがあります。
ChatGPTからの重要な視点:「コントロールできること」に集中する
松井秀喜さんの言葉との出会い
対話の中で、私は松井秀喜さんの言葉を思い出しました。
「コントロールできることに集中し、コントロールできないことは無視する。」
これは、上司や会社に腹が立った時に見つけた言葉でした。
ChatGPTはこの言葉について、「これは、まさに線引きの哲学ですね」と指摘してくれました。
「コントロールできること」「できないこと」の整理
コントロールできないこと:
- 会社の方針や組織構造
- 上司の性格や判断基準
- 業界の慣習や社会情勢
コントロールできること:
- 自分の働き方や境界線
- スキルや知識の向上
- 家庭や個人の時間の使い方
- 転職やキャリアの選択
この整理をしてみると、「管理職の罰ゲーム化」という構造的な問題に対して、個人ができることも確実にあることが分かります。
今回の対話で見えてきたこと
問題の本質は「ミスマッチ」
今回の対話を通じて分かったのは、「管理職の罰ゲーム化」の本質は、以下のようなミスマッチにあるということでした:
組織が求める管理職像 ≠ 実際の職場環境 ≠ 個人の価値観・能力
- 組織は「リーダーシップを発揮してほしい」と言うが、実際は調整役を求められる
- 「責任を持ってほしい」と言うが、権限は与えられない
- 「成果を出してほしい」と言うが、そのための条件は整っていない
大切なのは「自分なりの管理職像」を持つこと
ChatGPTとの対話で、こんなアドバイスをもらいました:
「管理職に就く前に『自分なりの管理職像』を描いておくことが重要です。」
- 「こうでありたい」「こうはなりたくない」を言語化する
- 会社の期待と、自分の理想にズレがないかを確認しておく
- 周囲の管理職を観察し、「憧れ」ではなく「ロールモデル」を持つ
例えば、「部下を守る盾になるマネージャー」なのか、「プロジェクトを効率化するディレクター」なのか。
こうした自分なりの軸があれば、たとえ「罰ゲーム」的な状況になっても、最低限の意味や方向性は保てるかもしれません。
今回の気づきと、次に考えたいこと
今回得られた重要な気づき
- 管理職の「罰ゲーム化」は構造的な問題であり、個人の資質の問題ではない
- 30代以降の「辞めにくさ」も含めて、現実的に考える必要がある
- コントロールできることとできないことを分けて考えることが重要
- 事前に「自分なりの管理職像」を描いておくことで、最低限の軸は保てる
次に考えたいこと
この対話を通じて、次のようなことを具体的に考えてみたくなりました:
- 「自分が壊れない」ための具体的な境界線の引き方
- 理不尽な状況でも意味を見出せる、現実的なスタンス
- 会社の評価だけに依存しない、自分なりの軸の作り方
完璧な答えが出るとは思いませんが、少なくとも「何も考えずに管理職になって潰れる」よりは、はるかに良い準備ができそうです。
第1回のまとめ
今回ChatGPTと対話してみて、「管理職の罰ゲーム化」に対する漠然とした不安が、少し整理された気がします。
問題の構造も見えてきましたし、「コントロールできることに集中する」という視点も得られました。何より、「これは自分だけの問題ではない」と分かったことで、少し気持ちが楽になりました。
もちろん、まだ具体的な対処法までは見えていません。でも、考える方向性は明確になったように思います。
次回予告
第2回では、もう少し実践的な内容に踏み込みます。
- 「自分が壊れない」ための境界線の引き方
- 理想と現実の間で、どうバランスを取るか
- 具体的な線引きを考えようとして、混乱した話
- それでも得られた、重要な洞察
「管理職になっても自分らしくいるために」というテーマで、ChatGPTとさらに深く対話した内容をお伝えします。
この記事を読んで、同じような気持ちを抱えている方がいらっしゃいましたら、ぜひコメントでお聞かせください。一緒に考えていけたら嬉しいです。
Photo by Verbena (@borjaverbena) on UnsplashBorja
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