会社のためになると確信している提案が通らない。
論理面の繋がりも問題なく、会社の方針から見ても間違っていない。それなのに、上の立場の人はなぜか渋い顔をして、なかなか首を縦に振らない。
会社員をしていれば、こうした場面に何度も出くわすのではないでしょうか。
「なぜ、こんなに筋の通った話なのに通らないのか」
「自分の説明が足りなかったのだろうか」
「もっとロジックを詰めるべきだったのか」
そうやって原因を自分に引き寄せて考え、少しずつ疲れていく。
この感覚には、多くの会社員が覚えがあるはずです。
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構造で捉える「正論」の取り扱い
社長が、役員が、部長が正論を通さない(通せない)のは、論理的に反論できないからではありません。
多くの場合、それは「責任が増えるから」です。
正論が否定されているのではなく、あなたの提案は、別の判断軸で評価されている。
意思決定者が見ているのは、「正しいかどうか」よりも「それによって、どこまで責任が広がるか」です。
この構造を知らないままだと、正論が通らないたびに、自分の能力や価値を疑ってしまいます。
まずはこの判断基準の違いを知り、一線を引いて状況を眺められるようになるだけでも、精神的には大きな前進だと思います。
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「正論」の持つ隠れた性質
正論には、あまり語られない性質があります。
それは、相手の仕事と責任を増やすという点です。
たとえば、新しい施策や前例の少ない提案。
それを承認する立場の人は、次のことを同時に考えています。
・失敗したとき、誰が説明するのか
・関係部署との調整はどこまで必要か
・想定外が起きた場合、どこまで責任を負うのか
これらはすべて、意思決定者自身に返ってくるものです。
多くの場合、人は「成功したときのリターン」よりも「失敗したときのリスク」を大きく見積もります。
その結果、提案が正しいかどうかとは別に、「今回は通さない」という判断が下される。
これは個人の性格の問題というより、役割と構造の問題だと言えます。
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提案が通らないのは、あなたのせいではない
ここで一つ、意識しておいてほしいことがあります。
・通らなかった=あなたの論理が間違っている、とは限らない
・通すかどうかは、あなたの努力とは別の軸で決まることが多い
この前提を持たずにいると、会社で起きるあらゆる判断を、自分の責任として抱え込んでしまいます。
「今回は構造的に難しかった」
「この立場では、ここまでが限界だった」
そう整理できるだけで、無用な自己否定や消耗を減らすことができます。
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おわりに
正しいこと、あるべき姿を考えるのは素晴らしいことです。
ただし正論は、求める側にも、求められる側にも、それなりの労力と責任を伴います。
会社員として長く働いていく中では、正論の性質と、そこからの距離の取り方を知っているかどうかで、消耗の度合いは大きく変わってきます。
正論を捨てる必要はありません。
ただ、すべてを真正面から受け止めなくてもいい。
そう思えるだけで、会社との付き合い方は、少し楽になる気がしています。
Photo by Brusk Dede (@bruskrd) on Unsplash


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